ペルシャ絨毯の五大産地|タブリーズ・イスファハン・カシャン・ナイン・クム

ペルシャ絨毯の五大産地

ペルシャ絨毯の五大産地

ペルシャ絨毯は、イラン各地で長い歴史の中で織り継がれてきました。

地域によって使われる素材や文様、色彩、織りの細かさなどに違いがあり、それぞれの土地で独自の様式が発展しています。

なかでも日本では、タブリーズ、イスファハン、カシャン、ナイン、クムの5都市が「ペルシャ絨毯の五大産地」として広く紹介されています。

ただし、この「五大産地」という呼称は歴史上定められた公式な分類ではありません。イランにはケルマン、ビジャー、マシュハド、アルデビルなど数多くの重要な産地があり、その中でも特に精緻な絨毯で知られる代表的な5地域をまとめた呼び方と考えると分かりやすいでしょう。

ペルシャ絨毯が大きく発展したサファヴィー朝

現在まで続くペルシャ絨毯の美術的な基礎を考えるうえで重要なのが、16世紀から18世紀前半にイランを支配したサファヴィー朝です。

それ以前からイランには絨毯を織る文化が存在していましたが、サファヴィー朝では王侯による保護のもと、絨毯が宮廷美術のひとつとして大きく発展しました。

宮廷の写本制作に携わる画家や装飾家による意匠が絨毯にも取り入れられ、中央のメダリオン、アラベスク、花文様、蔓草文様などを組み合わせた高度なデザインが生み出されていきます。サファヴィー朝期は、ペルシャ絨毯のデザインと製作技術がひとつの頂点を迎えた時代とされています。

シャー・アッバース1世と絨毯

ペルシャ絨毯の発展を語るうえで欠かせない人物が、1588年から1629年まで在位したシャー・アッバース1世です。

シャー・アッバース1世は1598年に首都をイスファハンへ移し、都市整備を進めるとともに、美術や工芸を積極的に保護しました。イスファハンには王室のための絨毯工房が置かれ、カシャンなどでも宮廷と結びついた高度な絨毯製作が行われました。

この時代と深く結びついているのが、現在もペルシャ絨毯に広く使われる「シャー・アッバース文様」です。大きく開いたパルメット状の花を中心に、蔓草や花などを組み合わせる装飾様式で、後世のペルシャ絨毯にも大きな影響を残しました。

なお、シャー・アッバース本人がこの文様を考案したという意味ではなく、その時代に発展した宮廷美術と深く結びついていることから、この名で呼ばれています。

01. タブリーズ

イラン北西部、東アゼルバイジャン州の州都であるタブリーズは、古くから東西交易の要衝として栄えた都市です。

16世紀初頭にはサファヴィー朝最初期の首都となり、宮廷文化の中心地として写本、細密画、織物など多くの工芸が発展しました。サファヴィー朝初期には、タブリーズも重要な絨毯生産地のひとつであったと考えられています。

タブリーズ絨毯
タブリーズ絨毯

タブリーズ絨毯の特徴

タブリーズでは非常に幅広い意匠の絨毯が作られています。代表的なのは、中央に大きなメダリオンを配したメダリオン・コーナー形式で、周囲を花や蔓草、アラベスクなどの文様で構成します。

一方で、ヘラティ文様、樹木、人物、動物、風景などを描いたものもあり、ひとつの様式だけでは説明できないほどデザインの幅が広いことも特徴です。

細密画を思わせる緻密な図案や、輪郭を明確に描き分けた構成も多く、高密度な作品が数多く作られています。またタブリーズでは、絨毯の織りの細かさを表す尺度として「ラジ(Raj)」が使われることでも知られています。

02. イスファハン

イラン中央部に位置するイスファハンは、ペルシャ絨毯の歴史とサファヴィー朝を結びつけるうえで特に重要な都市です。

1598年、シャー・アッバース1世によってサファヴィー朝の首都となり、宮殿やモスク、バザールが整備されるとともに、美術や工芸が大きく発展しました。当時は宮廷と結びついた絨毯工房も存在し、精緻な絨毯が製作されていたとされています。

しかし1722年、ミール・マフムード率いるアフガン軍によってイスファハンが陥落し、サファヴィー朝は事実上崩壊します。その後、都市は長く衰退し、宮廷の保護を受けていた絨毯産業も大きく衰えました。

イスファハンの絨毯産業が本格的に再興するのは20世紀初頭です。かつての宮廷美術を思わせる伝統的な意匠が再び取り入れられ、現在につながるイスファハン絨毯の様式が形成されていきました。

イスファハン絨毯
イスファハン絨毯

イスファハン絨毯の特徴

イスファハン絨毯には、中央に円形や星形のメダリオンを置き、その周囲を細い蔓草や花文様で左右対称に構成したデザインが多く見られます。

シャー・アッバース文様をはじめ、パルメットやアラベスクなどサファヴィー朝の宮廷美術を思わせる曲線的な意匠が特徴で、細部まで緻密に表現されています。

上質な作品では細いウールを用い、文様の輪郭などにシルクを織り込むことで、繊細な図柄をより鮮明に表現したものもあります。

03. カシャン

イスファハンとテヘランの間に位置するカシャンは、古くから織物産業で知られてきた都市です。

特にサファヴィー朝期には高品質な絹織物の産地として栄え、17世紀初頭には絹や金属糸を使った高度な織物が作られていたことがヨーロッパ人旅行者の記録にも残されています。

シャー・アッバース1世の時代にはカシャンでも宮廷と結びついた高度な絨毯製作が行われ、1601年にはポーランド王ジグムント3世の使者がこの地域を訪れ、王のための絨毯を注文した記録が残されています。

カシャン絨毯
カシャン絨毯

カシャン絨毯の特徴

カシャンでは、中央メダリオンを中心に花や蔓草を密に配置した伝統的な都市型デザインが多く見られます。

メダリオンから上下にペンダント状の装飾を伸ばし、四隅にはメダリオンの一部を思わせるコーナー文様を置く構成も代表的です。花瓶、樹木、花文様などを用いた作品も知られ、繊細で流麗な曲線表現が特徴です。

歴史的に絹織物との結びつきが強い地域であり、ウールだけでなくシルクを使った細密な絨毯も作られてきました。

04. ナイン

ナインはイスファハンの東方、イラン中央部の乾燥地帯に位置する都市です。現在では世界的に知られるペルシャ絨毯の産地ですが、絨毯産地としては比較的新しい歴史を持っています。

ナインではもともと、男性用の伝統的な外套である「アバー」と呼ばれる織物の生産が盛んでした。しかし20世紀に入るとアバー産業が衰退し、それまで培われていた細かな織物技術を活かす形で絨毯生産へと移行していきました。

このためナインの絨毯産業が本格的に形成されたのは20世紀前半ですが、高度な織りの技術と洗練されたデザインによって短期間のうちに評価を高め、イランを代表する絨毯産地のひとつとなりました。

ナイン絨毯
ナイン絨毯

ナイン絨毯の特徴

ナイン絨毯は、精緻な織りと整然とした構図で知られています。中央に大きなメダリオンを配し、その周囲をシャー・アッバース文様やアラベスク、花や蔓草などで構成するデザインが代表的です。

イスファハンの絨毯と共通する意匠も多く見られますが、ナインでは細いウールを用い、文様の輪郭や一部にシルクを使用することで、デザインを鮮明に表現した作品が多く作られています。

またナイン絨毯では、織りの細かさを表す独自の区分として「LA(ラ)」が使われます。4LA、6LA、9LAなどがあり、一般に数字が小さくなるほど細い経糸を用いた高密度の織りとなります。

05. クム

クムはテヘランから南へ約130kmに位置する、イスラム教シーア派の重要な聖地として知られる都市です。

五大産地の中でクムが特に興味深いのは、絨毯産地としての歴史が非常に新しいことです。クムにおける絨毯製作は、一般に1930年代半ばに始まったとされています。

近隣のカシャンなどから絨毯製作の技術が伝えられ、20世紀前半から産業として発展していきました。そのため、タブリーズやカシャンのように数百年にわたる絨毯産地としての歴史を持つ都市とは成り立ちが大きく異なります。

比較的新しい産地でありながら、イラン各地の伝統的な文様や技法を取り入れ、高度な織りの技術によって短期間のうちに世界的に知られる高級絨毯産地へと発展しました。

クム絨毯
クム絨毯

クム絨毯の特徴

現在のクムを代表するもののひとつが、非常に細いシルクを用いた高密度の絨毯です。

初期には良質なウールを用いた絨毯も多く作られていましたが、その後シルクを部分的に使用した作品が現れ、さらにオールシルクの絨毯が発展しました。

シルクは細い糸で織ることができるため、花びらや蔓、人物、動物などの細部を細密画のように表現できます。中央メダリオン、シャー・アッバース文様、庭園文様、樹木、狩猟図、人物や動物など、そのデザインは非常に多岐にわたります。

クムは、ひとつの古典様式を何百年も守り続けてきた産地というより、イラン各地で培われてきた絨毯文化を取り込みながら、20世紀に独自の高級絨毯文化を築き上げた産地と見ることができます。

産地を知ると、絨毯の見え方が変わる

ペルシャ絨毯は、一見すると同じような花文様やメダリオンが使われているように見えても、産地によってその表現や歴史的背景は大きく異なります。

タブリーズの多様で緻密な意匠、イスファハンの宮廷美術を思わせる整然とした構成、カシャンの流麗な花文様、ナインの精緻な織り、そして20世紀になって急速に発展したクムのシルク絨毯。

興味深いのは、五大産地すべてが同じように長い絨毯製作の歴史を持っているわけではないことです。タブリーズ、イスファハン、カシャンがサファヴィー朝と深く結びついた歴史を持つ一方、ナインやクムは20世紀になってから本格的な絨毯産地として発展しました。

産地の名前を単なるブランドとして見るのではなく、その土地でどのような歴史の中から絨毯が生まれてきたのかを知ることで、一枚の絨毯をより深く理解することができます。