トライバルラグのギュルについて

ヴィンテージラグとは

ギュル(Gül)とは、中央アジアのトルクメン族をはじめとする遊牧民の絨毯に用いられる、花型または八角形を基礎とした幾何学文様であり、部族の象徴とも言える重要な意匠です。単なる装飾を超えた「部族の紋章」としての意味を持ち、婚礼や儀礼、テント内装飾などの場で使われてきました。それぞれのギュルには形状、色使い、構成に明確な特徴があり、部族の誇りや信仰、願いが織り込まれています。

トルクメニスタンの国旗の意味

トルクメニスタンの国旗には、縦の帯に五つのギュル文様が上から順に並んでいます。これはトルクメン族の五大部族であるテケ、ヨムート、サリク、チョドル、エルサリを象徴するものです。それぞれのギュルが織物に深い意味を持つことを物語っており、国を挙げてこの伝統が重んじられていることが分かります。
上から順に
1:テケ
2:ヤムート
3:サリク
4:チョドル
5:エルサリ
上述の五大ギュル(テケ、ヤムート、サリク、チョドル、エルサリ)は、それぞれが実際にトルクメニスタン国旗の帯部分に部族紋章として配置される、いわば国家を構成する部族の「象徴」であり、文化的・民族的アイデンティティの中核を成しています。
トルクメニスタン国旗

テケ・ギュル

トルクメン族の中でも最大勢力を持つテケ族のギュルは、トルクメン絨毯を象徴する最も代表的な意匠です。八角形を基礎に、中央を縦横の黒い細線で十字に分割し、四方向に均等なバランスを持たせた構造が特徴です。色彩は濃い赤地をベースに、黒・白・こげ茶などで構成され、部族の力強さ、規律、精神的均衡を象徴しています。
この整然とした意匠は、まるで窓枠や盾のような視覚効果を生み、見る者に安定感と威厳を与えます。婚礼用のカーペットや持参品の袋、テント内の床敷物などに用いられ、家族の繁栄、守護、祖先への誇りを表すとされます。また、この意匠は世界的にも「トルクメン=赤と八角形のギュル」のイメージを形成する原型とも言え、多くのアンティークラグに継承されています。
テケ・ギュル

ヤムート・ギュル

ヤムート族はトルクメン西部やカスピ海沿岸、北部イランに分布する遊牧部族で、彼らのギュルは「イーグル・ギュル(鷲の文様)」として知られています。開いた翼のように左右に広がるシルエットを持ち、しばしば中央にひし形や花弁状のモチーフが加えられています。
全体の輪郭はギザギザとしたジグザグが多く、自然や動物の象徴、特に空を飛ぶ鳥=守護・神性の媒介者といった意味を持つと考えられています。色彩は紫がかった赤や深い紺色、焦げ茶などを用い、黄や白をアクセントにした落ち着いたコントラストが印象的です。
ヤムート・ギュルは装飾性と象徴性を兼ね備え、部族アイデンティティを強く打ち出す文様でありながら、市場性の高い柔軟なデザインバリエーションを持っています。絨毯だけでなく、小物や帯状の装飾布、祈祷用の敷物にも頻繁に用いられ、アンティーク市場では非常に高く評価されています。
ヤムート・ギュル

サリク・ギュル

サリク族のギュルは、八角形の中に滑らかな曲線を持ち、落ち着いた赤を基調とした優美な意匠です。縦横の分割線を持たず、全体に穏やかで安定した印象を与える構成が特徴です。サリク・ギュルの起源には、19世紀に衰退したサロール族の影響が色濃く残されており、現在ではそのデザインを継承する形でサリク族が織り続けています。
サロール・ギュルは、赤地に左右対称の八角形が複数並び、内部に菱形や格子状の小図案を内包する非常に精緻な構造で知られています。その格式と技術の高さから、王族的・儀礼的な絨毯に多く使われたとされ、現代のアンティーク市場でも高く評価されています。
サリク・ギュルは、こうしたサロール由来の荘厳さとサリク独自の柔らかさを融合させた文様であり、婚礼用や儀礼用の敷物、装飾品に多用されてきました。
サリク・ギュル

チョドル・ギュル(タウクナスカ・ギュル)

チョドル族のギュルは「タウクナスカ・ギュル(鶏の足文様)」と呼ばれ、中心に八角形や円形のフィールドを持ち、周囲に向かって放射状に伸びる突起が、まるで鶏や四足動物の足のように見える独特な構成が特徴です。
その造形はあくまで抽象的で、実際には鳥や馬、あるいは神聖な霊獣を表すとも解釈され、どこか素朴でユーモラスな表情を持ちます。色彩はトルクメンらしい濃赤を基調に、黒・白・黄のコントラストで構成されます。
このギュルは比較的早く他部族に吸収されたため、後にエルサリやヤムートなど他部族の意匠にも取り入れられ、広く影響を与えました。身を守る護符的な意味や、移動・変化への適応力、動物との共生を象徴するともいわれており、装飾用の袋物や結婚用の布地、家畜用具などに頻繁に使われています。
チョドル・ギュル

エルサリ・ギュル

エルサリ族は、トルクメン諸部族の中でもアフガニスタン北部やトルクメニスタン東部に広く居住していた部族で、そのギュルは力強さとシンプルさを兼ね備えた図案が特徴です。テケやサリクのギュルに比べて装飾性が控えめで、八角形の枠内に太く明確な輪郭を持つ菱形や羽のようなモチーフが組み込まれています。
構成は左右対称であることが多く、「ゴーリー・ギュル(Gul-i Guli)」と呼ばれる花弁のような意匠や、三つ葉型のモチーフがしばしば使われます。全体として柔らかく丸みのある印象を持ちつつも、強い存在感を放ちます。
色彩は濃い赤や赤褐色に黒や黄土色を組み合わせた重厚な配色で、トルクメンの中でも市場性を意識したデザインが早くから見られる部族でもあります。織りの密度は比較的低めで、柄が大きく明瞭に織り出される点も特徴です。 豊穣・生命力・調和といった意味が込められており、特に婚礼用のカーペットや袋物に用いられることが多いギュルです。
エルサリ・ギュル

オムルガ・ギュル

オムルガ・ギュルは、サリク族やエルサリ族の絨毯に見られる伝統的な文様で、八角形の外枠の中に植物を思わせる繊細なモチーフが配されるのが特徴です。中央には輪花文様のような柔らかな図案が入ることもあり、幾何学的な構造でありながらも、どこか柔和な印象を与える意匠です。
地色には赤褐色や焦げ茶を基調とし、象牙色や黄橙といった明度差のある色をアクセントに加えた配色が多く見られます。織りの密度は高く、文様の細部まで緻密に織り上げられることが多いため、技術的にも高度なラグとして評価されます。
装飾性は高いものの、宗教的・儀礼的な意味合いよりも、部族の誇りや生活の彩りを示す要素が強く、婚礼用の敷物や特別な場での床敷き、袋物などに用いられてきました。国家の象徴的意匠ではないものの、トルクメン文化の奥行きを示す重要な文様のひとつです。
オムルガ・ギュル
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