シャーアッバース文様|ペルシャ絨毯を代表する花文様

シャーアッバース文様

シャーアッバース文様

シャーアッバース文様は、ペルシャ絨毯を代表する花文様の一つです。大きく開いたパルメットと、それらをつなぐ流麗な蔓草文様を特徴とし、イスファハン、カシャーン、タブリーズ、ナインなど、さまざまな産地の絨毯に受け継がれています。その名は、サファヴィー朝第5代君主シャー・アッバース1世に由来します。

シャー・アッバース1世と文様の歴史

シャー・アッバース1世は1571年に生まれ、1588年にサファヴィー朝第5代君主として即位しました。 当時のサファヴィー朝は、西のオスマン帝国や東のウズベク勢力から圧力を受けていましたが、シャー・アッバース1世は軍制や行政制度を改革し、失われていた領土を取り戻しながら王朝を再び強大な国家へと導きました。

1598年頃には首都をカズヴィーンからイスファハンへ移します。イスファハンでは大きな広場を中心に、モスク、宮殿、庭園、バザールなどが整備され、政治や交易だけでなく、美術工芸の中心地としても発展しました。その繁栄から、イスファハンは後に「世界の半分」と称されるようになります。

シャー・アッバース1世の時代には、絨毯、染織、陶器、金属工芸、写本装飾などの美術工芸も大きく発展しました。宮廷文化の中で職人や画家たちが高度な意匠を生み出し、古くから存在していた花や植物、蔓草の文様もさらに洗練されていきます。パルメットや蔓草文様そのものはシャー・アッバース1世以前から存在していましたが、サファヴィー朝の宮廷芸術の中でそれらが組み合わされ、絨毯を代表する意匠として発展しました。後世、この系統のデザインが「シャーアッバース文様」と呼ばれるようになります。

シャーアッバース文様

シャーアッバース文様は、大きなパルメットを中心に、花、葉、ロゼットなどをエスリムと呼ばれる蔓草状の曲線でつないだ植物文様です。写実的な花をそのまま描くのではなく、植物の形を装飾的に整え、全体を規則的に構成することで、華やかさと均整を生み出しています。

シャーアッバース文様には、中央にメダリオンを置くものと、フィールド全体に花文様を広げるものがあり、代表的な構成として「メダリオン・コーナー」と「アフシャーン」があります。

シャーアッバース・メダリオン・コーナー

絨毯の中央に大きなメダリオンを置き、四隅にその一部を切り取ったようなコーナー文様を配置する構成です。中央から上下左右へパルメットやエスリムが広がり、強い対称性をもつ整然としたデザインになります。

シャーアッバース・メダリオン・コーナーのイスファハン絨毯
イスファハン絨毯

シャーアッバース・アフシャーン

中央に大きなメダリオンを置かず、パルメット、花、葉、蔓草などをフィールド全体へ連続的に展開した構成です。文様が途切れることなく広がり、花々が絨毯全体を覆うような印象を与えます。

シャーアッバース・アフシャーンのサルーク絨毯
サルーク絨毯

パルメット文様

シャーアッバース文様の中心となる花文様が、パルメット文様です。

パルメットとは、花や葉を左右対称に抽象化した植物文様で、大きく開いた花を横から見たような形をしています。バラやユリ、蓮華などさまざまな植物を思わせる形がありますが、特定の一種類の花をそのまま描いたものではなく、植物の姿を装飾的に再構成した文様と考えられます。

パルメットの歴史はシャー・アッバース1世よりも古く、15〜16世紀の中央アジアやイラン周辺の美術にも類似した植物文様が見られます。また、中国の蓮華唐草などとの共通性もあり、長い東西文化交流の中で互いに影響しながら発達してきた文様の一つと考えられています。

パルメット文様が織られたサルーク絨毯
サルーク絨毯

エスリム文様

パルメットや花々をつなぐ、流れるような蔓草状の文様をエスリム文様と呼びます。枝や蔓、葉を抽象化した曲線が大きくうねりながら枝分かれし、その先にパルメットや花、葉などが配置されます。

シャーアッバース文様では、このエスリムが絨毯全体の構図をまとめる重要な役割を持っています。パルメット同士を曲線でつなぐことで文様に連続した動きが生まれ、平面の中に奥行きや広がりを感じさせます。

日本でいう「唐草文」とも共通する性格をもち、葡萄、蓮華、牡丹などを題材とした蔓草文様は、中国、西アジア、中央アジア、地中海世界など広い地域で古くから用いられてきました。エスリム文様もまた、長い東西文化交流の中で発達してきた植物文様の一つといえます。

エスリム文様が織られたナイン絨毯
ナイン絨毯