名画に描かれた絨毯|西洋絵画から見るオリエンタル・カーペットの歴史

名画に描かれた絨毯

名画に描かれた絨毯

ルネサンスから17世紀のヨーロッパ絵画を見ていると、人物や室内を彩るものとして、幾何学文様や植物文様を持つ美しい手織り絨毯がたびたび登場します。

現在では床に敷かれることの多い絨毯ですが、当時ヨーロッパへもたらされたオリエンタル・カーペットは、希少で価値の高い交易品でした。そのため、テーブルや家具、欄干の上に掛けたり、宗教画の中で聖なる人物の足元を飾ったりと、その美しさを見せるように用いられることも少なくありませんでした。こうした絨毯がヨーロッパへ渡った背景には、東西を結ぶ広大な交易網がありました。現在「シルクロード」と総称される交易路は一本の道ではなく、中央アジア、中東、アナトリア、地中海世界などを結ぶ陸路と海路からなる広大なネットワークでした。絨毯をはじめとする織物や工芸品も、こうした地域を結ぶ交易の中で移動していきました。

イスラム圏やアナトリアで織られた高級絨毯はヨーロッパへも輸出され、14世紀にはすでにヨーロッパ絵画の中にその姿を見ることができます。絵画に残された絨毯は、美術作品であると同時に、当時の交易や文化交流を知るための貴重な資料でもあります。

このページでは、15世紀から17世紀に描かれた名画を年代順にたどりながら、西洋絵画の中で絨毯がどのように描かれ、どのような存在として扱われてきたのかをご紹介します。

01.1436年頃|ヤン・ファン・エイク ― 聖なる足元を彩る絨毯

ヤン・ファン・エイク ファン・デル・パーレの聖母子
ヤン・ファン・エイク《ファン・デル・パーレの聖母子》1436年
グルーニング美術館

初期ネーデルラント絵画を代表する画家ヤン・ファン・エイクの《ファン・デル・パーレの聖母子》では、玉座に座る聖母マリアの足元に、幾何学的な文様を持つ絨毯が描かれています。貴重な織物を聖なる人物の足元に置くことで、その場の特別さや格調を表現する役割も担っていました。

02.1483年頃|ギルランダイオ ― 画家の名を残した絨毯

ドメニコ・ギルランダイオ 聖母子と天使、聖人たち
ドメニコ・ギルランダイオ《聖母子と天使、聖人たち》1483年頃
ウフィツィ美術館

15世紀フィレンツェを代表する画家ドメニコ・ギルランダイオの作品にも、聖母の玉座を飾る絨毯が描かれています。

この時代のイタリア絵画には、アナトリアからもたらされたと考えられる幾何学文様の絨毯がたびたび登場します。15〜16世紀のアナトリア絨毯の中には、ヨーロッパ絵画に描かれた文様を手がかりに分類され、画家の名前で呼ばれているものがあります。「ギルランダイオ・カーペット」もその一つです。これはギルランダイオが絨毯を制作したという意味ではなく、彼の作品に描かれた特徴的なタイプの絨毯を、後世の研究者が画家の名にちなんで分類したものです。

03.1486年|カルロ・クリヴェッリ ― 欄干に掛けられた絨毯

カルロ・クリヴェッリ 聖エミディウスのいる受胎告知
カルロ・クリヴェッリ《聖エミディウスのいる受胎告知》1486年
ナショナル・ギャラリー、ロンドン

カルロ・クリヴェッリの《聖エミディウスのいる受胎告知》は、細部まで描き込まれた建築や装飾が印象的な作品です。

聖エミディウスのいる受胎告知に描かれた絨毯の拡大
画面に描かれた絨毯部分

絨毯が建物の上部にある欄干から外へ向かって掛けられています。

04.1532年|ホルバイン ― 商人の肖像に描かれた絨毯

ハンス・ホルバイン 商人ゲオルク・ギーゼの肖像
ハンス・ホルバイン(子)《商人ゲオルク・ギーゼの肖像》1532年
絵画館、ベルリン

ハンス・ホルバイン(子)が1532年に描いた《商人ゲオルク・ギーゼの肖像》では、机の上を覆うように大きな絨毯が掛けられています。

ギーゼはロンドンで活動していたドイツ人商人で、画面には手紙、印章、帳簿、金属製品など、商人としての仕事や社会的地位を物語るさまざまな品が精密に描かれています。その中でも、机を覆う華やかな絨毯は強い存在感を放っています。当時のヨーロッパでは、遠隔地から運ばれてくるオリエンタル・カーペットは容易に手に入るものではありませんでした。肖像画の中にこうした絨毯を描くことは、所有者の富や交易とのつながりを示す一つの表現でもありました。

05.1533年|『大使たち』とホルバイン・カーペット

ハンス・ホルバイン 大使たち
ハンス・ホルバイン(子)《大使たち》1533年
ナショナル・ギャラリー、ロンドン

ホルバインの代表作《大使たち》では、二人の人物の間に置かれた棚を、大胆な幾何学文様の絨毯が覆っています。

棚には天球儀や地球儀、日時計、数学書、楽器など、当時の学問や世界観を象徴する品々が並べられています。その中心に置かれた絨毯もまた、国際交易によってもたらされた価値ある品の一つとして、作品の世界観を構成しています。

「ホルバイン・カーペット」も、ギルランダイオ・カーペットと同じように、画家の作品に描かれた特徴的なタイプの絨毯にちなんで付けられた名称です。

06.1540年|フォスキ ― 枢機卿の肖像と絨毯

ピエール・フランチェスコ・フォスキ アントニオ・プッチ枢機卿の肖像
ピエール・フランチェスコ・フォスキ《アントニオ・プッチ枢機卿の肖像》1540年
コルシーニ美術館、フィレンツェ
Photo: Francesco Bini / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

16世紀フィレンツェで活動したピエール・フランチェスコ・フォスキによる《アントニオ・プッチ枢機卿の肖像》では、人物の横に置かれたテーブルを幾何学文様の絨毯が覆っています。

商人を描いたホルバインの肖像と同じように、高位聖職者の肖像にも絨毯が登場することから、16世紀ヨーロッパにおいて、こうした輸入絨毯が富や社会的地位と結びついた品であったことがうかがえます。

07.1542年|ロレンツォ・ロットとロット・カーペット

ロレンツォ・ロット 聖アントニヌスの施し
ロレンツォ・ロット《聖アントニヌスの施し》1542年
サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂、ヴェネツィア

ロレンツォ・ロットの作品に繰り返し描かれた特徴的な絨毯は、現在「ロット・カーペット」と呼ばれています。

赤い地の上に黄色を主体とする複雑な植物文様やアラベスクを展開する文様が特徴で、幾何学性の強いホルバイン・カーペットとは異なる印象を持っています。

《聖アントニヌスの施し》でも、画面中央の高い位置に掛けられた絨毯が、人物たちを上下に分けるように大きく描かれています。

現存する「ロット・カーペット」
16世紀のロット・カーペット
作者不詳《“Lotto” Carpet》16世紀
メトロポリタン美術館、ニューヨーク

メトロポリタン美術館には、16世紀に現在のトルコで制作されたと考えられている実物のロット・カーペットが所蔵されています。素材はウールでできており、トルコ結びで制作されています。絵画に描かれた絨毯と現存する作品を見比べると、赤い地に広がる黄色の植物的な文様や、文様が連続して画面を埋めていく構成など、共通する特徴を見ることができます。

08.1604年|外交の舞台を飾った絨毯

The Somerset House Conference 1604
作者不詳《The Somerset House Conference, 1604》1604年
ナショナル・ポートレート・ギャラリー、ロンドン

《The Somerset House Conference, 1604》は、イングランドとスペインの長い戦争を終結させるために行われた和平交渉を記録した集団肖像画です。

両陣営の代表者が長いテーブルを挟んで向かい合い、その中央を赤や濃色を基調とした大きな絨毯がテーブルクロスとして使われています。

この作品で興味深いのは、絨毯が私的な室内ではなく、国家間の重要な外交交渉の場に登場していることです。大きな会議卓を飾る絨毯は、その場の格式を高めるとともに、当時のヨーロッパでオリエンタル・カーペットがどのような位置にあったのかを伝えています。宗教画の中の聖なる空間から、商人や聖職者の肖像、そして外交の舞台へ。絨毯が登場する場所が広がっていく様子も、絵画を時代順に見ていく面白さの一つです。

09.1630年頃|ルーベンス ― 凱旋行列を飾る絨毯

ペーテル・パウル・ルーベンス ローマの勝利
ペーテル・パウル・ルーベンス《A Roman Triumph(ローマの勝利)》1630年頃
ナショナル・ギャラリー、ロンドン

ペーテル・パウル・ルーベンスの《A Roman Triumph》では、古代ローマの凱旋行列を思わせる壮大な場面が描かれています。

画面の右側にいる象の背中に、華やかな絨毯が掛けられています。これまで見てきた作品ではテーブルや玉座、欄干を飾っていた絨毯が、ここでは行列を彩る装飾として登場します。

10.1662年頃|フェルメール ― 17世紀オランダの室内と絨毯

ヨハネス・フェルメール 水差しを持つ女
ヨハネス・フェルメール《水差しを持つ女》1662年頃
メトロポリタン美術館、ニューヨーク

ヨハネス・フェルメールの《水差しを持つ女》では、光の差し込む静かな室内のテーブルに、色彩豊かな絨毯が掛けられています。

15世紀や16世紀の宗教画、権力者や商人の肖像画に描かれてきたオリエンタル・カーペットが、17世紀のオランダ絵画では裕福な市民の室内にも登場するようになります。ここでも絨毯は床ではなく、テーブルの上に掛けられています。美しい文様と厚みのある質感を見せるように配置され、室内に置かれた金属器や布、家具とともに、豊かな質感を生み出しています。

フェルメールはほかの室内画でも絨毯をたびたび描いています。17世紀オランダが国際交易によって繁栄した時代であったことを考えると、こうした絨毯も遠く離れた地域との交易を身近な室内に伝える品の一つだったと考えることができます。

11.なぜ絨毯は床ではなくテーブルの上にあるのか

ここまでの作品を見ていくと、絨毯が床ではなく、テーブルや家具、欄干などに掛けられている例が非常に多いことに気づきます。

15世紀から17世紀頃のヨーロッパにおいて、アナトリアやイスラム圏からもたらされる精巧な手織り絨毯は、誰もが所有できる日用品ではありませんでした。遠距離交易によって運ばれる価値の高い品であり、優れた絨毯を所有できるのは、主に裕福な商人や貴族、高位聖職者などでした。

そのため、美しい文様を持つ絨毯を日常的な床敷きとして使うのではなく、テーブルや家具、欄干などに掛け、その文様や色彩を見せるように用いることもありました。絨毯は室内を飾るだけでなく、その所有者の富や社会的地位、そして遠く離れた地域との交易とのつながりを感じさせる品でもありました。

宗教画では、聖母や聖人の足元、玉座などを絨毯で飾ることで、その場所が特別な空間であることを示す例も見られます。一方、肖像画では、商人や高位聖職者の傍らに絨毯を描くことで、その人物の社会的な立場や富を構成する要素の一つとして使われました。《The Somerset House Conference》では国家間の外交交渉の卓上を覆い、フェルメールの時代になると裕福な市民の室内にも姿を見せるようになります。

そこに描かれているのは、まさに絵画が伝える、かつての絨毯の姿です。現存する絨毯だけでは分からない過去の文様や、当時どのような絨毯がヨーロッパへ渡り、どのように扱われていたのかを、絵画が現在まで伝えてくれています。